いまさら感はあるのですが、今朝は改めて取り出してみました。
「不安な個人、立ちすくむ国家」経産省 若手プロジェクト
版 文藝春秋
老後の「働く」とは
金融庁の老後資金2000万レポ―ㇳが国会を揺るがす大問題になり、昨夜のテレビは70代後半になっても働かざるを得ない方々を特集していました。
78歳で月10万円程度の清掃の仕事をし国民年金は9万円。
62歳で交通警備をし、90代の母親の面倒を見ている方、母の年金は4万円。
個人の自己責任に帰するものではなく、当然色々な状況の中「最善」と思われる選択の結果が上記の状況だろうし、事実を報道していたのですが、やはり違和感がぬぐえない。
もっと違う選択をし続けた方々もいるはず。その報道はないんかい?
こんなに大変な状況に置かれているのだから、救済しなければという、コクミン=弱者=被害者的な報道というのはいかがなものかというのが正直な感想でした。
この国の形をどうすべきか、真剣に考える人がいる
もちろん組織は弱者のためにある。
どんな状況にある人も、健康で文化的生活をおくる、権利がある。
その権利を行使できる状況を創るのは、個々の働きかけも大事だけれど、政策によって創られる制度による部分も大きい。
政策も結局人が創っている。
その個々人の問題意識や課題意識を越えたところで、なされる決定、いわゆる「天の声」というものもあるのだろうけれど、この6年間、国費で「雇われる」という状況になり、身近に中小企業庁の方とお話する機会を持つようになり、相当真摯に一つ一つの政策を創られているという「熱量」を感じるようになりました。
それは、真摯に、事実に基づきこの国の形をどうすべきか、たとえ小さいな政策であっても、この国の形というデザインの一端を担っているという意識をお持ちでした。
答えのない問題と、変える意思
こちらの書籍は、単純に若手が集まったわけではなく、きちんとした呼びかけ人がいらっしゃって、集められている。
省庁の役職で仕事をされているのではなく、個人名をだしてリーダーシップを取りプロジェクトを育て世に出したフィクサー的な方がいらっしゃる。
金融庁、中小企業庁という、官僚組織があり、個人の意思や感情を越え、能面のような表情で仕事をされているわけではなく、一人一人が意思を感情をもち仕事のスタイルを貫いておられる方々である。
世の中の課題を見つけ、それを自分が変えなければという意思をもって働いておられる方々と、養老孟司氏や富山和彦氏、東浩紀氏など気鋭の学者たちが突きつける、答えの出ない問題提起は発行後2年たった今読んでも、ものすごく興味深い。